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「スリー・ビルボード」のあらすじネタバレ評価

ミズーリ州のちいさな田舎町、エビング。ここは架空の町。

この町で数か月前、凄惨な事件が起きました。

住民のひとりであるミルドレッドはエビングの郊外で車を走らせているとき、
3枚の朽ち果てた看板を目にする。

ミルドレッドはかたい表情、つよい意志をたたえた目、
まるで戦士のようなたたずまいの女性。

彼女はその後広告代理店に向かい、
看板に自分の考えたメッセージを広告として載せるよう依頼します。

話を聞く代理店の経営者はその案を見てはっとする、
ミルドレッドがなにものなのか理解したからです。

「あなたは彼女の母親か」それが「スリービルボード」のはじまりです。

完成した看板の内容は3枚ともシンプルなデザインのもので、
真紅の背景に黒色でメッセージが描かれています。

町の郊外に出現した看板はすぐに話題になり、物議を醸すことに。

警察署はこのメッセージに対しなによりもまず怒りに燃える。

警察への侮辱だと怒っているだけではない、名指しされた
ウィロビー署長は善人と慕われており、ガンで余命数か月と
宣告を受けていることをみんな知っていて、同情的なのです。

また、代理店は警察署の真向かいにあり、
彼らの怒りはミルドレッドだけでなくその会社の若い経営者にも及びます。

看板にミルドレッドに、経営者に憤っているものは多くいるが、
とくに怒りをあらわにしている警官がディクソンという男。

ウィロビーは友好的とまではいかないがミルドレッドにまだ同情的な態度を示しています。

看板が話題になった後に彼女のもとにおもむき冷静な会話を試みるし、
資料を手に犯行現場にもう一度おもむいたりもします。

ディクソンは違う。

敬愛するウィロビーを看板で非難したミルドレッドに明確な敵意を示し、
彼女の働く店の同僚を◯◯所持で捕まえて脅すなど汚い手も使います。

「スリービルボード」ではこのミルドレッド、ウィロビー、
ディクソンが中心となって、非常に濃密な人間ドラマが展開していきます。

この映画にはたくさんの魅力があって、なかでも特別な魅力のひとつには、
すべてのキャラクターにサプライズがあることだと思います。

ミルドレッドは警察や住民だけでなく、息子からも看板について非難を浴びる。

そのとき彼女は亡き娘との会話を回想します。

車を使いたいという娘と、それを拒否するミルドレッドとで、
激しい口論をしたときのことです。

常にけわしい顔をして、批判や攻撃と戦うミルドレッドが、
実は内面でこのときの会話をどれほど悔やんでいるのか。

ウィロビーは看板が出た後、住民ともめたミルドレッドを
署で尋問しているとき、突然吐血します。

その血は彼女の顔にかかり、驚愕しながらもウィロビーは彼女に謝罪し、
ミルドレッドは彼にいいのよ、ひとを呼ぶと優しく励まします。

ウィロビーはその後、入院という選択はせず家に帰り、
妻とふたりの娘とすばらしい休日を満喫します。

その夜、遺書を置いて亡くなります。

ウィロビーの死は住民にも物語にもおおきな驚きをもたらします。

ディクソンは深いかなしみと憎悪にかられ、
訃報をきっかけに激情をおさえられず、代理店の経営者とスタッフを暴行。

結果的に、それを目撃していた新しい署長に解雇されることに。

ディクソンはその後母親とふたりで暮らす家で毒づくのですが、
ウィロビーからディクソンあての遺書が署に届いたと連絡を受け、
みんなが退勤して誰もいなくなった夜に警察署でその手紙を読みます。

それはディクソンの暴力をたしなめ、同時に彼にひそんでいる良さを説く、
彼におおきな転機をもたらす手紙でした。

また、この手紙で私たち観客は確信することとなります。

屈強な白人警官であるディクソンにも苦しみと葛藤があります。

だからといって彼の暴挙がゆるされるわけではないのですが、
ディクソンの言動はここから変わっていきます。

彼らはそれぞれ苦しみと罪悪感と葛藤を抱えています。

この主要のキャラクターたちだけでなく、周囲の家族や住民たちも。

この映画はその苦痛がすべてやわらぎ解決する物語ではありません。

それでも私たちにある種の希望を残してくれる物語だとも思います。

終盤で、ディクソンはあるバーでもれ聞こえてきた男の会話が、
娘の事件の手口とよく似ていることに気付きます。

犯人は最後に捕まるのかもしれないと私たちは期待します。

けれどその男は犯罪者であることは間違いないのですが、犯人ではありませんでした。

一連の流れを聞いていたミルドレッドは、
期待させて悪かったとディクソンに電話で話されます。

彼女はしばらく感情を噛みしめた後、いいんだと言います。

ひさしぶりに希望を持てたと。

人生は希望に満ちているわけではない。同時に絶望ばかりではない。
だからふと兆す未来や希望が、いつまでも心に残ります。

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